大須演芸場にはじめて行ったのは、1990年の古今亭志ん朝の高座だ。当時「日本一客が入らない」と云われていた大須を連日満員札止めにした伝説の高座「大須演芸場独演会」。ぼくの落語デビューでもある。かなり笑撃だった。志ん朝の“笑い”ももちろんだが、落語がもっている独特の様式が新鮮だった。出囃子にあわせて登場したり、全体が「まくら」「さわり」「おち」という三段で構成されていることなどに魅かれた。とくに「さわり」という用語にシビれた。「さわり」とは、最初の部分のことではない。全体が凝縮された部分のことを云う。しかもその部分が、異世界に触っているという意味で「さわり」なのだ。うーむ、粋だ。一番のコアな部分が、外部に触れている境目だなんてまるでヴィトゲンシュタインだ。いまの遊びは、コンテンツとかソフトとか云って中身だけが取り沙汰されすぎてないか。もっと「さわり」などの境界で遊んだほうがいい気がする。そうだ、大須演芸場のある大須という場所がそもそも異界に触っている。
文:小島伸吾(ナゴヤ面影座 作座人)
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