2018.4.18

老舗料亭の若主人と歩く ぶらり白壁ノスタルジー~その2

料亭 か茂免 船橋識光さん

TEXT:MARIKO KONDO / PHOTO:TOMOYA MIURA

ルッチェ

同級生がオーナーの名古屋名物、あんかけパスタ。

船橋さんがお店に入ると、オーナーの春日井学さんが笑顔で出迎えてくれました。船橋さんと春日井さんは、小・中学校の同級生。同じクラスだったこともあり、よく一緒に遊んでいたのだそうです。「小学生の頃は、『か茂免』に遊びに行かせてもらって、あの広い庭でかくれんぼしていました。だから僕は『か茂免』の庭には結構くわしいんです」「そんな頃があったなぁ。もう30年以上前のことになるね」。同級生の2人は、照れくさそうに笑っていました。

メニューを見ると、何十種類ものパスタやアラカルトがずらりと並んでいます。いわゆる名古屋名物あんかけソースだけでなく、カレーソース、みそソースからも選べるとあって、平日はビジネスマンや地元の人で大賑わいなのだとか。『レッチェ』のあんかけソースはトマトがベース。野菜のやさしい味わいに、コショウがほどよく効いていて、パスタにたっぷり絡めて食べたい衝動にかられます。

「船橋はいつもコレだろ?」と春日井さんが指さすのは、“ピカタ”という豚肉を使ったオムレツがトッピングになっているあんかけパスタ。「でも撮影するのは、いちばん人気の“デラックス”にさせてもらうよ」。遠慮のない物言いは同級生ならでは、でしょうか。2人の友情は、時を経ても白壁町をベースにして繋がっているようです。

カトリック主税町教会

宗教色を超越した、町を代表する歴史的建造物。

国道41号線沿いにひっそりと建つ『カトリック主税町教会』。明治20年に教会が置かれて以来、第二次世界大戦の戦災を免れた建造物は、楚々とした佇まいで今もわたしたちを魅了しています。入り口から正面に見えるのは、木造平屋建ての聖堂です。玄関ポーチが白漆喰で仕上げられ、中に入ると祈りを捧げるための空間が広がっています。聖堂に隣接するのが鐘楼。昭和40年に教会前の道路が拡幅された際に取り壊されましたが、平成2年に復元されました。鐘楼の鐘は1890年にフランスで造られたものが使われています。右奥にある信者会館では、地域の子供達のためにバザーを開催したり、様々なワークショップなどが開かれたりしたそうです。

「僕もここに習字を習いに来ていました。毎週通っていましたよ」。船橋さんの子供時代ともリンクしていきます。「確かその頃は信者会館の前に大きな桜の木があったなぁ」そして樹木といえば、この教会には大きなケヤキがあることでも知られています。

カトリック教会のケヤキとして、都市景観保存樹に指定されており、船橋さんも子供の頃から、大きな木のある教会として認識していたのだそう。「白壁近辺には大木が3つあると教わっています。この教会のケヤキ。東片端のクスノキ。もう一本は、確か片山神社じゃないかな」。

宗教色を超越して、明治以降の白壁エリアを見守り続ける教会は、町を代表する建築物として愛されています。

料亭 か茂免

東の空にお月様が見える時間、いちばん綺麗な風景です。

白壁町の中で、今でも白い壁を守り続け、財界人の奥座敷として時を紡ぎ続けている老舗料亭『か茂免』。ここはもともと、尾張藩中級武士の安藤十次郎邸跡だったところに、京都の紙問屋・中井巳次郎が名古屋別邸として大正時代に建築した建物です。戦前戦中には東久邇宮家や賀陽宮家の邸宅として使われていたこともありました。現在の名古屋市中区で料理屋を営んでいた先代の『か茂免』の主人は、戦争で焼け出されてしまったため、中井氏の好意でこの土地と屋敷を譲り受けました。白壁エリアは、名古屋の中心地では稀有な、戦火に遭っていない地域だったのです。

すべての武家屋敷はおしなべて約700坪の区画だったところ、当時の賀陽宮家恒憲王氏が隣地300坪を買い取って、そこに防空壕を作ったため、以来、敷地は1000坪となり、現在に至っています。白壁町で1000坪の広さを保ち、そのうちの大部分が手入れされたお庭。白壁エリアの閑静な空気感は、『か茂免』の広い敷地によるところが大きいのかもしれません。

  • か茂免の白い壁は、この町の地名を印象づける風景。ぷっくりとふくらんだような石がきれいに揃って連なり、思わずお見事! と言いたくなる。

白壁エリアで好きな眺めはどこ?と質問すると、船橋さんは迷わず「『か茂免』の前の道から眺める夕暮れのお月様が好き」と答えてくれました。『か茂免』の真ん前の道は、まっすぐ東に伸び、なだらかに垂れています。夕暮れになると、お月様が東に見えますが、道が東へと垂れているため、お月様の姿がブランコしているかのようにぽっかりと浮かぶのです。お月様が空に掛かる頃、夜の営業がスタートする料亭『か茂免』。船橋さんにとって、東の空のお月様は、これから仕事が始まる合図でもあり、生まれ育った町への愛着を誘うワンシーンなのかもしれません。

ぶらり白壁ノスタルジー、いかがでしたか。白壁エリアには文化財が多く、お屋敷が連なっていることから、どことなく“よそ行きの町”だと思われているかもしれません。ところが、この地で生まれ育った船橋さんに案内していただくと、よそ行きだけでなく、普段着の風景まで垣間見ることができ、白壁エリアのイメージが広がったのではないでしょうか。歩いて見ないとわからない町の小さな表情を探しに、ぜひ白壁エリアへお出掛けしてみてください。

PROFILE

案内人Norimitsu Funahashi

老舗料亭か茂免の次男として東区白壁で生まれ育つ。大学卒業後、高麗橋吉兆・湯木貞一氏のもとで修業した後、現在はか茂免の若主人として、両親と妻である若女将とともに、名古屋が誇る料亭文化を守り、かつ料亭の新たな可能性を模索している。小さな子供の頃はか茂免の庭を遊び場に、大きくなるにつれて自宅の庭と隣接する料亭櫻明荘の庭に忍び込んだり、名古屋城のお堀で探検したり。まるで領地を広げていくかのように遊びの場所を増やしていったという。
料亭 か茂免:http://www.ka-mo-me.com

ライターMariko Kondo

コピーライター、プランナー、コラムニスト。得意分野は、日本の伝統工芸・着物、歌舞伎や日舞などの伝統芸能、工芸・建築・食など職人の世界観、現代アートや芸術全般、食事やワインなど食文化、スローライフなど生活文化やライフスタイル全般、フランスを中心としたヨーロッパの生活文化、日仏文化比較、西ヨーロッパ紀行など。飲食店プロデュース、食に関する商品やイベントのプロデュース、和洋の文化をコラボさせる企画なども手掛ける。やっとかめ文化祭ディレクター。

カメラマンTomoya Miura

1982生まれ。現在名古屋を中心にウロウロしながら撮影中。 その他、雑誌広告も。
栄の観覧車に一度は乗ってみようと思ってます。