2017.9.29
港まちづくり協議会・古橋敬一と巡る、なごやのみ(ん)なとまち
港まちづくり協議会 古橋敬一さん
TEXT:TAKATOSHI TAKEBE / PHOTO:AKITSUGU KOJIMA
名古屋市の港まちについて聞かれても『名古屋港水族館』以外ほかに何かあったかな? なんて考えてしまう人も少なくないはず。実はこの港まちでは「アート」と「まち」を繋げるプロジェクトが多数行われているんです。10月には「アート」と「音楽」で「ひと」と「まち」をつなぐ一大イベント『アッセンブリッジ・ナゴヤ』も開催されます。そんな港まちで「まちは舞台で、主役はひとであること」にこだわりまちづくりを行っている、『港まちづくり協議会』の古橋敬一さんと一緒に、現在進行系の港まちを巡ります。
Minatomachi POTLUCK BUILDING
みんなとまちをつくっていくための新拠点
2008年4月、この港まちにやって来た古橋敬一さん。「最初、僕がこのまちに来たばかりの頃は『ボートピア名古屋』建設に対する賛成と反対でまちが割れてしまった余韻がかなり色濃く残っていました。だから、まちのひとたちが僕たちと一緒にまちづくりをしていこうというムードじゃなかったんです。でも、やがて『なごやのみ(ん)なとまち』というコンセプトコピーができて、内外に向けて誇れるまちづくりをみんなで協働して行っていこうという流れが生まれました。僕自身がよそ者だったわけなので、じゃあまずはこのまちを知るところから始めよう!ということで、『ぶらり港まち新聞』の発行にも取り組みました」。まちの人々を取材した同新聞の効果もあって『港まちづくり協議会』へのまちの人々の理解が少しずつ生まれていったそうです。
その後、「アート」を取り入れた「まちづくり」を進めていくことに。その拠点となるのが、ここ『Minatomachi POTLUCK BUILDING』です。展示やイベントも多数行われ、アートやカルチャーが好きな若者たちから注目を集めています。ある意味「オシャレスポット」化しているこの場所ですが、「もともとはまちで人気の文房具店だった」のだそう。「だから、このまちの人たちにとっても思い入れのある場所で、集まりやすい場所なんです。例えば、『ちょっとまちの寄り合いに貸してくれ〜』って言われて、まるで公民館を使うような感覚で、おばちゃんたちがお弁当持ち込みで集まったりもしてるんですよ」と古橋さんもにっこり。
ボタンギャラリー、UCO
近隣住民からも愛される、リノベーションギャラリー
みなとまちの「アート」と「まち」の融合が見られるのは、『Minatomachi POTLUCK BUILDING』だけではありません。少し歩いたところにある『ボタンギャラリー』はもともとボタン屋さんでした。閉店してしまったこの場所を利活用するため、まちづくり協議会はリノベーションを行いギャラリーにしたのです。「まだ工事をやってる時に、隣に住んでるおじいさんが『お前ら、17時には帰れよ〜』なんて声をかけてきて。最初はクレームだと思ったんですけど、話したら違ってて。夜遅くまで作業する人を気遣ってのやさしさだったんです。今ではそのおじいさんは『監督』ってあだ名がついて。職員が電気を消すのを忘れて帰ってしまったときなんかも、事務局まで連絡してくれたり、すごい気にしてくださってるみたいで。ご近所づきあいって有難いことだなあって改めて気付かされました」と古橋さんは笑います。
アッセンブリッジを契機に行われた空き家再生スクールを経て改装されたのが、旧「潮寿司」という名店。その場所を『L PACK.』という横浜を拠点にするアーティストユニットが新たな場所『UCO』としてオープンさせました。「彼らが滞在している時、近所のおじさんが家にあった古いレコードプレイヤーを持ってきてくれる、なんてこともあって(笑)。L PACK.もそういうことを面白がって受け入れるタイプのアーティストだったので、普通にいただいて店内のBGMとしてレコードを流していましたね。向かいの居酒屋さんとも仲良くなって、『UCO』に来たお客さんのために出前を取ったりしていましたよ。元来、港まちって、物資や人が集まってクロスしていく場所じゃないですか。だから、その素養がここを介して再び蘇っていると思いましたね」と古橋さん。「まち」と「ひと」と「アート」が自然に溶け合う場所があることは、港まちの新しい魅力的な風景をつくりあげているようです。
まちなかのみんなの庭「みなとまちガーデンプロジェクト」
2012年からスタートした「ガーデンプロジェクト」は、港まちの家庭から出る生ゴミを堆肥化、隣まちの農地を土壌改良し、その土で公共空間の中にコミュニティガーデンを創り出していく参加型のプロジェクト。港まちづくり協議会はまちのひとたちと一緒に、まちなかに点在するまちの植栽スペースにその土を使ってガーデンがを作っています。取材中にたまたまそこを通りかかると、近所に住む男性が花壇を眺めていました。「あのおじさんはガーデンのことを気にして、時々水をあげてくれてたりするんです。見つけて声をかけると慌てて何もしてない素振りを見せたりする(笑)。ほかにも『いちごがとられないようにサボテン植えておいたから』ってわざわざサボテンを足してくれる人もいて(笑)。おもしろいまちでしょ〜」と話す古橋さんの表情は本当に嬉しそうでした。
宮田明日鹿さんのアトリエ
アトリエを構えた編み物作家が人と人を紡いでいく
続いて伺ったのは、できてまだ間もないアトリエ。もともと理髪店だったというこの場所は、家庭用編み機を改良して作品を制作し、全国各地で発表を行っているアーティストの宮田明日鹿さんが自らリノベーションしました。「宮田さんは以前、『ボタンギャラリー』で滞在制作を行ってもらったのですが、その時から『私ももっとまちに関わりたい』と言ってくれていて。うれしかったですね」と古橋さん。宮田さんは港まちで、手芸に長けた92歳のおばあちゃんと知り合い、彼女を先生とした手芸部を立ち上げたそう。「あくまで先生はそのおばあちゃんで、私は一緒に参加する生徒として関わっています。今年の『アッセンブリッジ・ナゴヤ』に出演するクラシックの音楽家の方の衣装につける編み物のブローチをみんなで作ることになって試作品を作ってるんですよ」と楽しそうに語る宮田さん。「そのおばあちゃんのことを知ってるまちの人たちはみんな『あの人、最近すごく生き生きしてる』って言っていて。そういう反応もうれしいですよね。場そのものを創り出してしまうことがアーティストの特徴のひとつだと僕は思っていて、だからそういう人たちがまちに入って来たことで、周りが揺さぶられて予想もしなかった新しい動きが連鎖的にまちの中から出てきているんです」。
古橋さんがそんな話をしていると、突然「ねーねー!お願いがあるんだけど!」と小学生の男の子が飛び込んできました(もちろんヤラセは一切なしです!)。どうやら友だちに渡すサプライズのプレゼントについて、宮田さんに相談にやってきたようです。小学生からおばあちゃんまで、宮田さんはすでにこのまちの人気者のようです。
名古屋港の顔と言えばやっぱりココ!
名古屋港水族館は、名古屋港ガーデンふ頭にある公立水族館。ファミリーやカップルで賑わいをみせる名古屋市内の人気観光スポットのひとつ。イルカ、シャチ、ベルーガ、ペンギンなどの海の人気者たちを間近で見ることができ、イルカやシャチの公開トレーニングイベントなども開催されています。周辺には、大きなオレンジのボディが迫力満点の「南極観測船ふじ」や巨大な休憩所「ポートハウス」なども。水族館に向かう途中にも、すれ違った男性と挨拶を交わす古橋さんの姿が。「あのおじさんは少し前に体を悪くしたんだけど、健康づくりのために散歩しててすごいな〜」とその男性の後ろ姿を見送る古橋さん。一人ひとりとしっかり対話してきた古橋流のまちとの関わり方は、どこまでもフラットで清々しいのです。
猫と窓ガラス
不思議な魅力を持った店主に今夜も会いに
「夜遅くまで開けてくれていることもあって、イベントの後とか外からきたアーティストを連れてとか、よく利用させてもらっています。普通にメシもうまいし。果物の使い方とか嫉妬してしまうほど。あと煮込み料理は本当におすすめです」と古橋さん。「じゃあ煮込み料理を…」と頼もうと思っても、この店にはメニュー表がありません。実は、店主がお客さんの希望をふわっと聞いて、あとはお任せで作ってくれるのです。この自由で興味深いオーダーシステムも含め、港を訪れたさまざまなアーティストたちにも喜ばれているそう。「ありそうでないですよね、こういうお店。…そもそも、なんでメニュー表をつくらないんですか?」と古橋さんが店主の廣田隆詳さんに話を振ると、「僕、飽きやすくって(笑)。いやでも店の方向性なんて定めようがなくて。だからメニューも決められないんです」と答える廣田さんに「何の話ですか(笑)」とすかさずツッコミを入れる古橋さん。
真面目な社会問題の話から馬鹿話まで色々な話をするというふたりは、共にこのまちの「外もの」としてスタートしています。「このまちが好きか? と聞かれたら、嫌いですって答えます。でも同時に、人は好きですって答えるんです」と廣田さん。「僕は世間のこととか考えれば考えるほどよくわからなくなってきちゃうんで、ここでシンプルに料理とお酒を出してます。ただそれだけなんです。古橋さんは僕とは真逆なタイプですけど、馬が合うっていうか。それは結構大事ですよね」。そんな廣田さんの発言は真っ直ぐで、何だか悩みが吹っ飛んだようなスッキリとした気持ちにさせられる。「まちづくりについてビジョンは? なんて聞かれると正直困ってしまうんですよね」と頭を抱える古橋さん含め、廣田さんとのトークとおいしい料理に惹かれ夜な夜なここで一杯やりたくなる気持ち、深く納得です。
今回の取材中に古橋さんは、「まちは舞台なんです」と何度も言っていたことが印象的でした。「まちづくり」はそもそも、そこに「ひと」がいることが当たり前で大切なこと。妄信的にひとつの方向性に向かえば良いわけではもちろんなく、個々に「豊かさとは何か?」が改めて問われているような昨今、「ほかのまちとどちらが魅力的か?」という野暮な競争をする必要もないはずです。それよりもそれぞれのまちが個性を見出し、それを面白がれる人を増やしていくことが大切。そんなシンプルなことを親身になって内外に伝えてきた古橋さんの姿は、明らかにまちの「ひと」たちの目に正しく映り込んでいるようでした。
PROFILE
2008年4月より、港まちづくり協議会に参画。現在、事務局次長を務める。「なごやのみ(ん)なとまち」をコンセプトに、住民と行政との協働を図りながら、名古屋の港まちを全国にアピールする日々を送る元気いっぱいの40歳。
フリーのエディター/ライター/デザイナー。1983年生まれ。岐阜市出身。これまでさまざまな編集プロダクション/出版社に勤務し編集ノウハウを学び、本業と並行して自主制作雑誌「THISIS(NOT)MAGAZINE」の企画制作/発行、イベント企画制作などを行ってきた。2013年11月より名古屋エリアを中心としたカルチャートピックスを発信/提案するWEBMAGAZINE「LIVERARY」を仲間たちとともに始動。同誌の企画/編集/ライティング/イベント制作などを担当。また「コロカル」(マガジンハウス)など他媒体でも執筆中。
フォトグラファー / 名古屋市生まれ。広告など多分野で活動中。著書にONTOLOGIE(coup label)、ICE WATER(私家版)、POLE and NURSE(私家版)などがある。