2017.3.31

浦風親方の行きつけから見る名古屋の魅力
名古屋城〜伏見〜栄

元大相撲力士 浦風親方

TEXT:TOSHIO SAWAI / PHOTO:TOMOYA MIURA

元力士、いまは親方として、全国津々浦々を訪れている浦風冨道さん。地方ごとに行きつけがあり、名古屋でも場所中は多くの飲食店からお誘いの連絡があると言う顔の広い親方に「MY FAVORITE ROUTE」を聞きました。

愛知県体育館

冬の名古屋は新鮮です! 愛知県体育館は街に近くていい

今回のスタートは浦風親方の名古屋での仕事場『愛知県体育館』です。親方の初土俵は平成元年。つまり現役時代から数えれば、親方にとって今夏で29回目の名古屋場所。毎年訪れている『愛知県体育館』も冬に来るのはなんと初だそうです。

バスケットボールの試合会場にいると、バスケチームの監督に見えなくもない親方です。

「毎年番付発表に合わせて名古屋に来てるけど、よく考えたら現役時代から名古屋には名古屋場所の時にしか来たことがないので、木枯らしの吹く名古屋は新鮮です」。取材当日の愛知県体育館は、プロバスケットボール「B.LEAGUE」の試合会場となっていたこともあり、場所中とは違う雰囲気を楽しみながら話は続きます。

  • 愛知県体育館での名古屋場所50周年を記念した力士のチェーンソーアートを前に「痛いところを触ったら治る?」って親方、撫で仏じゃありません!
  • カメラを向けるとなにかポーズをとってくれる、サービス精神が旺盛な親方です。

「現役時のここは闘いの場。一番の思い出は1998年に(大関の)貴ノ浪に初めて勝てたのがここでした。あと貴闘力のツッパリを受けてくちびるオバケになり、その後にワハハ本舗の打ち上げで(今池の)『ピカイチ』に行き、くちびるが超痛かったこととか(笑)。沢山思い出がありますが、いろんな地方場所の中でも愛知県体育館は街に近くて移動が楽ですね」。さすが角界のコメント王!エピソードが止まりません。しかも「MY FAVORITE ROUTE」の趣旨を外れそうになりつつも、しっかり戻ってきてくれます。

「最近は、西区の安性寺さんが私の所属する陸奥部屋の宿舎になっていて、愛知県体育館まで自転車で通うこともあります。汗をかくのにちょうどいい距離ですね」。

愛知県体育館 名古屋城すぐ横の総合体育館

名古屋城天守閣への道すがらも城や歴史にまつわる話は絶えません。「歴史の中でも特に好きなのは激動の幕末に活躍した新選組です。とはいえ名古屋の三英傑もすごいです。私自身、我慢のできない性格なので、徳川家康のように将来を見据え耐え忍んで大成した人を尊敬します」。城のあちこちで気になるものを見つけては写真を撮っていました。

名古屋城

本丸御殿はアルチザン(職人)魂! 完成したら絶対に再訪します

愛知県体育館のすぐ北側にある名古屋城は、歴史好きだという親方にとって憧れの地。とはいえ、普段はなかなか来ることができないため、この日は5年ぶりの訪問でした。「石垣を見るとテンションが上がるんです。現役時代も部屋から愛知県体育館に来る途中に石垣が見えると闘争心が湧いてました。え、なぜって?城が大好きなんです!」

東門から入り天守閣に向かう途中、清正公石曳きの像の前では「清正公といえば熊本城も有名ですよね。しかも熊本の一部の地域では、方言が清正公の影響か名古屋弁に似てるんです」と親方。そう話しながら歩くうちに、当時の姿そのままに再建中の本丸御殿に着きました。

  • こんなすごい建物を作ってしまったこともすごいですが、たった500円で入って間近にできるなんてすごいこと。名古屋恐るべしです。
  • 「筆のタッチや当時と同じ絵の具を使った色彩など、
    今日だけでは細かい部分まで見切れませんね」。
  • 「座って見ると全然印象が変わりますね」。2016年から公開が始まった『対面所』の『次之間』にて。

「素晴らしいですね、使っている木材はもちろんですが、細工がすごい。ふすまに貼られている金箔もあえて昔の技術で復元してるところに変態的なものを感じます(笑)。あと絵の描かれていないふすまがありましたが、その部分だけ資料が焼失して分からないから、あえて描かなかったという潔さにも共感します。まさにアルチザン(職人)魂!こんなすごいものがある名古屋はやはりすごいですよ」。
2018年には復元工事が完了し、全て公開される予定と伝えると、「また絶対来ます!」と即答。その後は天守閣にも登り、名古屋の眺めを堪能しました。

快晴のおかげで天守閣との絡みもバッチリな一枚「名古屋城、最高!」
「お、愛知県体育館が見えます!その向こうは愛しの飲食店がたくさんある栄ですね(笑)」
名古屋城 本丸御殿は2018年に復元工事全体完成予定!

名古屋城の正門からタクシーに乗り、広小路伏見の交差点の角にある、名古屋屈指の老舗居酒屋『大甚』へ向かいます。出来町通りから伏見通りを南に約6分。徒歩でも約30分で着く距離です。

大甚

ここはネイティブな名古屋弁を聞きに行く場所です

「全国でいろんな飲み屋に足を運んでますが、『大甚』は日本で五本の指に入る名店。一緒にNMBE(のんべえ)の会をやっている酒場詩人の吉田類さんにも言われますが、ここを通らずして酒場“道”は語れません!」
親方!酒場“道”はまたの機会に語ってもらうとして、今回はなぜ『大甚』を「MY FAVORITE ROUTE」に選んだか教えてください。

席に着くなり、いつも頼むという日本酒「賀茂鶴」の樽酒を注文!ひと口で破顔する美味しさです。
  • 美味しそうな一品料理に目移りするかと思いきや、サクサクと選ぶ親方の姿に筆者は酒場“道”を垣間見ました。
  • 気になる大皿料理を見つけて大将に尋ねる親方。
  • この日はおから、タコ酢、板わさ、なす煮、イカ煮などをセレクト。「おからの味付けもしっかり濃い目で酒に合います!
お勘定はテーブルで大将が昔ながらの大きなそろばんを使って計算してくれます。

「地方に行くと必ず地元のスーパーに行き、地元の人が何を食べているかを確かめます。そうすることで街の人の顔が見えてくる気がするんです。『大甚』に来るのも同じような理由です。さらに言うなら、ネイティブな名古屋弁を聞きにきている部分もあります。私の初めての名古屋弁体験は25年程前。名古屋場所の宿舎の高田寺で掃除をしてくれていたおばあちゃんに言われた“やっとかめだなも”です。それを聞いた時に本当に感動して。そんな親しみがあって、ある意味で慣れなれしい名古屋弁を、この『大甚』では濃密に感じられるんです。それにここは相席で一緒になった人と仲良くなることもあれば、ひとりで誰ともしゃべらずにいても気楽でいられる。人との距離感が大人なところもいいですね」。

「TVでドラゴンズの試合を見ながらヤジを飛ばしたり、嫁や子供、孫のことを話すおじさんたちのなんてことのない会話が本当に面白いんですよね」とも言う親方の名古屋ナイトは、だいたい『大甚』を皮切りに始まるようです。

親方曰く、「大将のシャネルのメガネを見ないと名古屋に来た気がしない」そうです。
大甚 名古屋が全国に誇る老舗酒場

『大甚』でサクッと呑んだ後は、酔い覚ましがてら広小路通を栄方面へと歩きます。その間も名古屋話は止まりません。「さっき地元のスーパーに行く話をしましたけど、名古屋で驚いたのは、どこへ行ってもエビカツのサンドイッチが置いてあって。やっぱり名古屋の人はエビが好きなんだなあと感慨深かったです。食べてみると美味しくてさらに驚きましたね」。

名古屋人は一度打ち解けると温かい。
愛を感じます

広小路通を栄の交差点まで歩き北上。錦通を越えてから久屋大通の方へ。向かったのは、親方が絶賛する焼肉店『激』です。
「実は名古屋の焼肉の味付けが全国で一番好きなんです。ホルモン系のタレには味噌が入ってて、特にとんちゃんは最高。誰か止めて!っていうほどご飯が進む(笑)。そんないい店が多い中で、お肉を食べるとなったら必ず『激』さんにきます。ここはタレに頼らず、肉で勝負してるお店なんです」。

「元々ここは知り合いに連れてきてもらったんですが、(女将の)白木さんが音楽好きで話が合った。それ以来、東京のライブ会場でばったり会うことも多くて。去年はここで近江牛とパクチーのイベントをやったりもしたんですよね……」と思い出話が次々と出てきます。テンポよく盛り上がる親方と白木さんの付き合いは3年ほど前からだと言う。
「彼女に会って名古屋の人との接し方を学んだ気がします。名古屋の人って親しくなるまでは距離を感じるけど、一度打ち解けるとすごく温かいというか、愛を感じます。料理にも通じるんじゃないかな。だからいつも食事はお任せです」。
初めてお店に訪れてから一度もメニューを見たことがないという親方。3年ですでに旧知の仲のような白木さんに心も胃袋も完全に開放しているように見えました。
聞いているだけで楽しくなる会話をBGM代わりに筆者もご相伴にあずかり、タレで下処理されていないイチボとランプを塩でいただきました。絶品です。親方の舌の確かさに敬意を表します!

  • 焼き加減についてもレクチャーしてくれます。
  • 「親方がスーツ着てるの初めて見た!いつもはアロハかTシャツだから(笑)」と白木さん。
  • 「親方と一緒に映すと肉が小さく見えるから困ります(笑)」とも。確かに……。
激 エンターテインメント性のある焼肉店

とりすず

味噌カツの洗礼を受けた、
とにかく和めるお店です

『激』から1ブロック西へ。大津通り沿いにある『とりすず』にやってきました。
「ここはとにかく“和みセット”です!よくある“晩酌セット”なんて比較にならないくらい、とんでもなく和むんです」
一杯目のビールと同時に置かれたおつまみ4種とお刺身を皮切りに、焼き物、蒸し物、揚げ物と続きます。これで1,880円!目の前にたくさんのお料理が並ぶって幸せです。

とりあえずのビールの後は、焼酎のマイボトルで自ら水割りを作る親方。筆者の分まで作ってくれました。

「初めて来た時は名古屋の中心地なのにこの値段か!?と驚きました。しかも旨い。まさに下町のフルコースです。よく他の地方の方から名古屋に行ったらどこがおすすめ?と聞かれるので『とりすず』をお伝えしてます。みなさん相当喜んでくれますね」。
さらにここは、カルチャーショックを受けた店でもあると親方は続けます。
「ここの鉄板味噌カツは衝撃でした。味噌カツは関東にいると食べる機会が少なく、そもそもここのは関東にないスタイル。味が濃いとか甘いとかの先入観を壊してくれて、なごやめしの洗礼を受けました」。
とここで親方の名古屋の親友・Aさんが登場。マイボトルで水割りを作る親方は完全に和みモードに突入です。
「A氏にはいろんなお店を紹介してもらいましたが、彼の友人というだけでどこでも最初から受け入れてくれるのが嬉しかった。それが名古屋の文化なんだなって感じてます」。

  • 名古屋場所中は一緒に飲み歩くことが多いというふたり。“気の置けない仲間”感を感じました。
  • 親方がカルチャーショックを受けたというとりすず名物のひとつ「鉄板味噌カツ」。
とりすず 安い!旨い!早い!ランチも人気

『とりすず』で食欲を満たしたふたりは、テレビ塔のあるセントラルパークに向かいます。「そういえばテレビ塔の上で行われた結婚式に出ましたが、眺めがよかったなぁ。この辺りには大好きなお店がたくさんあるのでいろんな思い出があります。NHKの北にある『jazz inn LOVELY』では、ケイコ・リーさんがお酒を飲んだ後に“赤だし飲みたい!”って言ってるのを聞いて。名古屋の味噌文化を改めて感じた瞬間でしたね」。そんな言葉を残して、親方はAさんと東桜1丁目の行きつけへと向かったのでした。

今回の「MY FAVORITE ROUTE」は、年に一度だけ名古屋に滞在する親方ならではの視点が色濃く出たスポットばかりだと思います。それだけに、普段名古屋人が意識していないであろうワン&オンリーな魅力に筆者も気付くことができた飲み歩きでした。

PROFILE

案内人Urakaze

千葉県出身の元大相撲力士。本名は吉種弘道。現役時代の名前は「敷島」、最高位は幕内西前頭筆頭。現在は陸奥部屋所属の親方・浦風冨道として活躍中。現役時代からジャズやクラブ系の音楽への造詣が深く、アーティストとの親交も厚い。

ライターToshio Sawai

愛知県出身、清須市在住のライター。情報誌の編集制作、音楽事務所でのマネジメント業務を経て独立。読書とヨガが好き。嫁のおかんが毎日かけてくる電話を1日おきに減らしてもらうための上手な言い方と、父親のリハビリ、娘の成長、嫁との対話が目下の興味。

カメラマンTomoya Miura

1982生まれ。現在名古屋を中心にウロウロしながら撮影中。 その他、雑誌広告も。
栄の観覧車に一度は乗ってみようと思ってます。