2018.6.13
個々の特徴を知って、名古屋の料亭をより深く愉しむ。
TEXT : MARIKO KONDO / PHOTO : YASUKO OKAMURA
洗練された美意識が息づく料亭。そこは日本文化が凝縮された空間として、非日常の世界が広がっています。わずかな緊張感をともなって、その扉を開け、もてなしを受ける心地よさは、一度体験したら忘れられないものとなるはず。名古屋に名料亭は数々ありますが、その中でもはっきりとした個性と特徴を持つ3つの料亭をここでご紹介します。それぞれの特徴を知ると、料亭巡りがもっともっと愉しくなります。さぁご一緒に、名古屋の料亭を巡る旅に出掛けましょう。
御懐石 志ら玉
センスの良いしつらえに、数寄の心を観る
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名古屋の古い商家・京都の別邸・奥三河にあった田舎家・茶室「笑庵」の4つの建物を上飯田の地に移築して料亭を始めたのが、約50年前のことでした。以来、名古屋の茶の湯を代表する料亭として、数多くの茶人に愛されてきた志ら玉。玄関を開けると、町家の風情たっぷりの帳場があり、そこから奥へ奥へと続くお座敷への道のりが複雑なのは、4つの建物と庭がパズルのように組み合わされているからでしょうか。
お座敷に行くまでも、そしてお座敷に入ってからも、そこかしこに茶の湯で培った美学が、はかとなく香ります。美術品、お花、掛け軸などのしつらえはしっかり拝見したいところ。茶人ならずともファンが多いのは、このセンスを見習いたいと思うからでしょう。ご主人の柴山宗平さんが、カルチャースクールでしつらえの講座を持っていると聞き、なるほど! と納得しました。
お稽古茶事から、本格茶事、お茶の勉強会まで。
茶の湯に興味があるけど初心者なので・・・お作法を知らないから・・・と敬遠するなんて、とにかくもったいないこと。興味があるなら、お茶の世界の第一歩は、志ら玉で経験されてはいかがでしょう?お茶事の勉強会が毎月第3水曜・木曜に開催されており、こちらは一人で参加が可能なので、初心の方でも気軽に体験ができます。
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茶室「笑庵」を躙口から拝見しました。笑庵という名前の通り、茶室のしつらえや道具組には、クスッと微笑むエッセンスが散りばめられているのだそう。 -
手あぶり火鉢のコレクションコーナーに、取材陣みんな釘付けになっていました。そこかしこで時代を経た古き良きものを愛でることができる、これぞ老舗料亭の楽しみのひとつ。
このほか、自分でお茶会を開催したいけどお道具が揃わないし・・という方のために道具と料理をしつらえてもらって点前する稽古茶事、道具・料理・点前すべてお任せして贅沢に茶会を楽しむ茶事など、茶の湯に関するあらゆるアレンジが可能な料亭なのです。茶の湯を楽しみたいなら、まずは上飯田にある志ら玉の玄関を開けてみましょう。
お料理
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お茶会ではなく通常のお食事をいただくお座敷では掘りごたつ式やテーブル席が用意されています。 -
春の八寸は、自家製からすみ、巻海老煮と蓬麩の串うち、赤貝のぬた、菜の花のからし和え
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胡麻豆腐の椀物。 -
鮪、鯛、車海老のお造り。
料亭 香楽
江戸中後期の武家屋敷の佇まいがそのまま料亭に。
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料亭香楽は昭和6年に住吉町で料亭として創業。その後、縁あって主税町に移転し、武家屋敷を料亭として蘇らせることになりました。若女将の伊藤善子さんで4代目を数える老舗料亭の代表格です。門の前に佇むと、奥に目をやるのも憚れるような荘厳さが漂っており、まるで山崎豊子の小説に出てきそうな雰囲気に、思わず尻込みしてしまいそう。それもそのはず、顧客には政財界の錚々たる面々がいらっしゃるとのこと。しかし料亭ラヴァーとしては、ここで尻込みしているわけにはまいりません。
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料亭香楽は、江戸中後期に武家の家族が住んでいた屋敷で、およそ260年前の建物。田辺源五左衛門さんのお屋敷で、馬廻り役を務められた近衛兵のようなお役目の方だったそうです。
若女将の伊藤さんに「どうしたら香楽で食事できますか?」と聞いてみたところ「うちは一見お断りではないのですが、できればどなたかからのご紹介でお越しいただけると嬉しいです。どんな方なのか、何を目的にいらっしゃるのかがわかった方が、よりご満足いただけるもてなしができると思うのです」とのこと。つまり、訪れる側の情報をきちんとお伝えすることが大切なのですね。
庭を愛でて、床の間を拝見、料理とお酒に舌鼓。
中に通され、お部屋に行くまでに苔むす庭が目に入ってきます。取材の時期は3月でちょうど新芽がこれから出ようとするところで、しかも雨が降った直後でした。お庭全体が湿り気を帯び、緑が生き生きと光を放っている風景は、料亭のよく手入れされたお庭の美そのもの。
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苔むす庭はそれは素晴らしい風景でした。よく手入れの行き届いた庭の風雅は、歴史を重ねた料亭ならでは。
お部屋に通されると、床の間にはその日のゲストのためにメッセージが込められた掛け軸とお花が。そして素材の味を最大限に引き出した季節を彩る料理の数々。年代や場所を問わずに、日本の料亭に連綿と引き継がれる様式があるのだとしたら、香楽はまさに正統を語る料亭と言っても過言ではないでしょう。
お料理
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春のお向う
蓬豆腐と車海老・生うに・みる貝、長芋の昆布締めとグリーンアスパラにうま酢ゼリー、吸い地とスダチでいただくサヨリとうるい -
椀物
アイナメと青だついものお椀盛り
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春の八寸
とり貝とわけぎ、鯛の昆布締めと花ワサビとゼリー、つるなとフキのおひたし、赤貝とコゴミと長芋のたたいたもの、甘海老と大根とチーズ
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若女将の伊藤善子さんは、才女としても知られており、ニューヨーク大学卒業後、ニューヨークヒルトン勤務を経て帰国。家業である料亭を継いでいらっしゃいます。
お座敷中華料理 芳蘭亭
大正6年創業、和空間でいただく老舗中華の味
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名古屋の繁華街の一角に佇む老舗料亭の芳蘭亭は、一見すると日本料理の料亭。外界の騒がしさから一歩お店の中に入ると、静寂な空間が待ち受けています。現在の建物は約30年前に建てられたもので、お部屋はすべてお座敷個室となっており、それぞれ個性が異なります。
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欄間は中華風の木彫りですが、不思議と和の空間にマッチしています。 -
円卓の掘りごたつがお座敷に。床の間をはじめ、柱はサビ丸太が使われています。
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サビ丸太が重なり合ったコーナーは、職人の高い技術を愛でるポイント。 -
ボルドーの5大シャトー・ムートンロートシールドのラベルを描いたことでも知られる堂本印象の画が掛け軸に。
圧巻なのは、今では入手するのが難しいと言われているサビ丸太をふんだんに使ったお座敷。中華らしいダイナミックなデザインに、和の空間が不思議とマッチしています。柱ひとつにも職人の高い技術を見ることができ、建築好きの方をお連れするならさぞ喜ばれるのではないでしょうか。また美術品も是非注目したいポイントです。堂本印象や伊東深水と言った有名画家の作品がさりげなく飾ってあるのには、驚かされます。2018年は戌年なので、レオナール・フジタの犬の作品が12年に一度お目見えする年なのだとか。2018年に訪れるチャンスがあれば、もしかすると拝見できるかもしれません。
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芳蘭亭の「蘭」の字が、あちこちにデザインされて使われています。 -
美術品の数々は、季節ごとに替えられるほか、お祝い事や記念日の宴席には、それにふさわしいものを選んで掛けてくださいます。
和食のエッセンスがキラリと光る、創作中華
現在のご主人・仁瓶裕康さんで4代目を数えますが、仁瓶さんは自ら料理長を務めています。毎日市場で自ら見定めて仕入れた食材を、和風テイストを交えながら、季節感あふれる創作中華に仕立てています。もともと、この地に中華料理の料亭を開業させた曽祖父は、柳橋市場を開いた人物でもありました。新鮮で良質な食材が集まる市場の近くに、新しい感覚の料亭を始めたいと思い、開店させたのがお座敷中華の芳蘭亭だったのです。
お料理
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春らしいホワイトアスパラガスの一品。カットが美しいガラスの器に盛られ、一見すると料理のジャンルは想像しにくいのですが、ひと口いただけば、これは上品な中華料理だとわかる仕掛けがされています。 -
黒酢の酢豚は、外はカリッと中はトロッと仕上げた豚肉に、黒酢ソースを合わせたもの。定番の人気メニューです。
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上海風フカヒレの姿煮は、4時間以上煮込むことにより、フカヒレのゼラチン質がソースに溶けていきます。ご飯に絡めていただく贅沢な一品です。
ご主人の仁瓶さんは、意志をそのまま引き継ぎ、食材には洋も和も積極的に取り入れ、今までにない新しい中華料理として完成させています。例えば春を告げるホワイトアスパラガスは、クリームソースの代わりに生湯葉を使って、ホタテ・桜海老の旨みを吸わせて炒めます。印象としては中華なのですが、どこかホッとする優しさを感じさせてくれます。芳蘭亭の名物料理である、黒酢酢豚や上海風フカヒレの姿煮などは、必ずリピートされる定番人気なのだそうです。
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4代目を継ぐ仁瓶さんご夫妻。大阪では中華、東京では老舗イタリアンで修行を重ね、実家に戻って家業を継いでいらっしゃいます。奥様の智美さんとのやりとりを聞いていたら、仁瓶さんの優しい料理の理由がわかるような気がしました。
PROFILE
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コピーライター、プランナー、コラムニスト。得意分野は、日本の伝統工芸・着物、歌舞伎や日舞などの伝統芸能、工芸・建築・食など職人の世界観、現代アートや芸術全般、食事やワインなど食文化、スローライフなど生活文化やライフスタイル全般、フランスを中心としたヨーロッパの生活文化、日仏文化比較、西ヨーロッパ紀行など。飲食店プロデュース、食に関する商品やイベントのプロデュース、和洋の文化をコラボさせる企画なども手掛ける。やっとかめ文化祭ディレクター。
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フォトグラファー / 329photostudio 主宰
東海地区を中心に活動、全国、海外撮影も行う。衣食住、普遍的な美しさとコンテンポラリーな佇まいが好き。