2017.9.29
LOVE!味噌串カツ
味噌串カツと名古屋人の深くて濃〜い関係
フリーライター 大竹敏之さん
TEXT:TOSHIYUKI OTAKE / PHOTO:AKITSUGU KOJIMA
今や名古屋が誇る観光コンテンツのひとつになっているなごやめし。個性的なご当地グルメの食べ歩きは、旅の目的にもなり得ます。
中でもとりわけ“なごやめしらしさ”を感じられるのが味噌カツです。何といっても名古屋(および東海地方)ならではの豆味噌がたっぷりかかったインパクトが強烈。トンカツを扱うほとんどの店で食べられ、さらに家庭でも食べられるほど普及度も抜群。“味噌を活かした大衆的なB級グルメ”というなごやめしのイメージをそっくり体現しています。
さて、ここではその魅力と名古屋人との深い関係性を掘り下げるために、味噌カツは味噌カツでも、「味噌串カツ」に特にフォーカスしていこうと思います。というのも味噌串カツこそが味噌カツのルーツだからです。
屋台発祥の老舗居酒屋で味わう味噌串カツの原点
「屋台でやっていた当時から、味噌をはったどて焼きの鍋に、お客さんが串カツをどぼんとつけて食べてたね」
こう証言するのはどて焼き(=味噌おでん)の名店として知られる「島正」のご主人、喜邑定彦さん。戦後まもなくの屋台からスタートしているこの店では、もともとお客さんが串カツのことを「味噌カツ」と呼んでいたと言います。
カツを浸すのは、牛スジを煮込む味噌ダレの鍋。牛スジのコラーゲンがとけ出して味にとろみが加わり、おかげで衣によくからみます。
「トンカツは肉が主役。でも串カツは“衣を食べる”もの。いかにカラっと揚げるかが大事で、そこに味噌がからむことで主役である衣がおいしくなるんだよ」とご主人。昭和30年代までの屋台全盛期は、安さが売りの屋台で肉の質を求めることはできませんでした。安い肉でも衣と味噌でおいしく食べられる。そんな庶民の知恵が味噌串カツを生んだと言えるかもしれません。
立ち飲み店では今も“セルフ味噌串カツ”が
屋台と同じくらい気安い飲み屋として愛されているのが立ち飲みです。名古屋は長らく“立ち飲み不毛の地”と言われてきたのですが、近年、魅力あるお店の台頭もあってようやく市民権を得るようになってきました。
そんな中、昭和29年の創業以来、多くの名古屋人を立たせながらにぎわってきたのが、名古屋駅にほど近い「のんき屋」です。ここでは、味噌串カツ誕生の瞬間と同様、お客さん自らどての鍋に串カツを突っ込んで食べる風景がよく見られます。
「慣れたお客さんは自分で串カツを鍋につける。それを見て、初めての人も“こうやって食べればいいんだ”と同じように食べてくれるね」と4代目の長田茂雄さん。また「味噌ダレにははんぺんの油やどてのうまみがとけ出して交じりあってる。だから独特のまろやかさが生まれるんだよ」とのこと。味噌おでん、どて煮の鍋に串カツをつけるのは、串カツをよりおいしくするための創意工夫だったと言えるのではないでしょうか。
豆味噌の2つの長所が味噌串カツを生んだ!
東海地方特有の豆味噌に砂糖などを加えて、モツや具材を煮込むどて、味噌おでん。味噌で煮込むという調理法は豆味噌だからできること。全国で主流の米味噌、九州など西日本で作られる麦味噌は、煮込むと風味が損なわれてしまいます。味噌汁は煮込んではいけない、という料理のセオリーを耳にしたこともあるでしょう。しかし、豆味噌はこれには当てはまりません。長いものでは3年もかけて長期熟成される豆味噌は、品質が安定していて、煮込むことによってよりコクやまろやかさが出てくるのです。また、油の乳化性に優れ、肉や魚介類のうまみを高めるという特性も豆味噌ならでは。味噌串カツは、まさしくこの2つの豆味噌の強みを活かした、東海地方でしか誕生し得なかった郷土料理なのです。
味噌カツの超有名店も全国区のきっかけは味噌串カツ
味噌カツの代名詞的存在が大須に本店を構える「矢場とん」です。今や全国に25店舗を展開し、年間300万食を提供していると言いますから、間違いなく日本で最も食べられている味噌カツと断言できるでしょう。鉄板とんかつやわらじとんかつなど、ボリュームある味噌カツが真っ先にイメージされますが、名古屋のミドルエイジ以上の世代には、「中日球場の味噌串カツ」が今も忘れられない味として刷り込まれています。
「球場内に出店したのは昭和47年。当時は3本一皿120円でした。あまりの人気に現場では調理が間に合わず、本店で揚げた串カツをタクシーで球場まで運んでいたほど。そうして串カツが球場の名物になり、のちにテレビにも取り上げられたことで、矢場とんの名前が全国に知られるきっかけになりました」とは広報の鬼頭明嗣さん。この大ヒットにより味噌串カツは野球観戦に欠かせないおつまみとなり、名古屋人と喜怒哀楽を供にする盟友になっていったのです。
洋食店では味噌ダレにひと手間をプラス
戦後の屋台に端を発した“カツ+味噌ダレ”の組み合わせは、やがてトンカツ専門店や洋食店にも波及し、定番化していきました。これらの店では一枚揚げの味噌カツが主役となりましたが、アラカルトとして味噌串カツをラインナップする店も少なくありません。
「初代のシェフはホテルのフレンチ出身なので、ソース作りのノウハウを味噌ダレにも活かしています。八丁味噌と愛知県産の赤味噌をブレンドし、赤ワインを加えて風味を出しています」と3代目の鈴木大介さん。当然、赤ワインとも相性がよく、ここでは味噌串カツがちょっとおしゃれなおつまみに。居酒屋で瓶ビールとともに、もいいですが、レストランでワインと一緒に、もオツなもの。味噌串カツは思いの外、活躍の場が広いのです。
デパ地下グルメとして家庭の食卓にも
味噌串カツのタレはごはんとの相性も抜群。お持ち帰りの惣菜として、家庭でも食べられるようになっています。デパ地下でおなじみ「お惣菜のまつおか」では、1987年の1号店の頃から、味噌ヒレ串カツが不動の人気トップ3のひとつ。今では1店舗で1日400本以上売れることもあるそうです。
「味噌ダレというと“どろっ”としたイメージがあるかもしれませんが、当社では“さらっ”としたゆるさを大切にしています」と商品本部の尾曲寿美さん。八丁味噌をベースに煮詰めすぎず、味噌ダレというよりも味噌ソースに近い仕上がりになっています。
「タレにどぼんとつけるか、タレを容器に入れてお渡しするか、お客様のお好みでお選びいただけます。つけると衣全体にタレが行き渡ってしっとりし、食べる直前にかけると衣のサクサク感が楽しめます」とは売場担当の宮崎由衣さん。名古屋の店舗では、どぼん派:容器派は半々ですが、関東ではどぼん派はほとんどいないとか。名古屋人にとっては、味噌の魅力を存分に堪能するのが味噌串カツの醍醐味なのです。
なごやめしで最も多様なシーンで食べられている味噌串カツ
屋台で酔客の酒のつまみとして生まれた味噌串カツは、やがて食堂や洋食店に広がり、さらにはお惣菜の定番となって食卓のおかずとしても広く親しまれるようになりました。スポーツ観戦、お花見、縁日などレジャーの場でも口にする機会は多いのではないでしょうか。味噌串カツはもしかすると最も多様なシーンで食されているなごやめしかもしれません。
ほとんどの店がソースも用意していながら、味噌をチョイスする人が圧倒的に多いのも、名古屋人の味噌LOVE度を証明しています。いつでも、どこでも、誰とでも。串カツの衣をつつみ込むこってりと味わい深い味噌が、名古屋の人と人とのつながりもより深く濃密にしてくれるのです。
PROFILE
なごやめしと中日ドラゴンズをこよなく愛する名古屋在住のフリーライター。名古屋の食文化に関する著作を数多く手がけ、著書に『名古屋の喫茶店』『名古屋の居酒屋』『名古屋めし』(以上「リベラル社」刊)などがある。最新刊『なごやじまん』(「ぴあ」刊)が絶賛発売中。
フォトグラファー / 名古屋市生まれ。広告など多分野で活動中。著書にONTOLOGIE(coup label)、ICE WATER(私家版)、POLE and NURSE(私家版)などがある。