まず、市民を動かしていく。
複層化した独自の戦略に
期待したい。

※2016年度に行われたインタビューです。

東海大学文学部広報メディア学科
河井孝仁教授

INTERVIEW,TEXT: HIROMI KAMINO / PHOTO: TAKAYUKI IMAI

まちを語れる人が増えれば、
より良いまちをつくりたいという想いも増える。

――現在、名古屋市では「名古屋魅力向上・発信戦略」を掲げ、「名古屋ブランド」の確立や市民による魅力発信などに向けた活動に取り組んでいます。シティプロモーションの専門家として、どんな点に注目されますか。

シティプロモーションの考え方はそれぞれあると思いますが、私はまちづくりの担い手を増やしていくことだと思っています。最初に音頭を取るのが行政だとしても、いつまでも行政だけでは息切れしますし、まちづくりに市民がいなくては意味がありません。企業やNPOも含めて市民の皆さんが積極的に、広い意味でまちづくりに参画していくことが大事なのです。例えば、「名古屋はこんなにステキなんだ」と市民が話したくなる状況をつくることもシティプロモーションです。まちを語れる人が増えれば、より良いまちをつくりたいという想いも増える。それは、まちづくりの担い手を増やすことになり、まちをより良くすることにつながります。
その点で「名古屋魅力向上・発信戦略」は、単純に観光や外部的なランキングを上げるためではなく、名古屋の魅力を語る「魅力発信市民」を増やすことを一里塚としています。最終的にはまちづくりの担い手になる市民を育もうとしており、戦略として高く評価できる内容だと思います。

――これまでの観光プロモーションとは、何が違うのでしょうか。

シティプロモーションはターゲットを市民に置き、人々の意欲などまちのソフトなインフラをつくっていく取り組みです。一方で、観光プロモーションは市外の人をターゲットに、シティプロモーションでつくったインフラを活用して具体的な方策を実現し、実際に観光に来てもらうことが狙いです。
「名古屋魅力向上・発信戦略」では市民をターゲットとし、まず市民に自分たちのまちに対して誇りを持ってもらうことを重視しています。市民が受身ではなく自発的に誇りを抱き、自ら名古屋のために行動を起こしていく。その行動を促す仕掛けとして、この戦略が機能することを期待しています。

まちのために頑張れる伸びしろが、
名古屋の人にはまだまだある。

――なぜ今、名古屋に「名古屋魅力向上・発信戦略」が必要なのでしょう。

名古屋は好調な経済を基盤に人口も増えていますし、私自身もしばらく住んでいましたがとても良いまちだと思っています。ところが、2016年に名古屋市が政令指定都市のうち8都市を取り上げて調査した中では、他の人へ名古屋をおすすめする推奨度が最も低く、自分のまちを素晴らしいと言える市民の数が必ずしも多くないことが明らかになりました。その結果として、外部からも名古屋というまちが十分に見えていない現状があります。
今後、日本全体の人口が減り、担い手の確保が課題となる中で、まちを良いと思う人、積極的に語れる人が少ないという状況は、これまで順調に発展してきた名古屋であっても長いスパンで考えると大きな危機であることは間違いありません。
一方、リニア中央新幹線の開業などは名古屋をアピールするチャンスです。ただ、リニアによって人口や経済活動が東京圏に吸い取られるストロー現象も懸念され、名古屋市では危機を未然に防ぎ、チャンスを活かすために、この戦略を通じて「魅力発信市民」を増やそうとしています。将来、市全体の人口が減っても、一人ひとりの思いが強くなれば、担い手は増えていくはず。今、そうした市民が少ないのであれば、逆に、まちのために頑張れる伸びしろが、名古屋の人にはまだまだあるとも言えますね。

身の回りにある魅力を一つひとつ拾いあげ、
市民が発散することから始めていく。

――「名古屋魅力向上・発信戦略」の特色は、どこにあるとお考えですか。

他の自治体のプロモーションが単層型だとすると、名古屋の戦略は複層型になっていて、そこが非常におもしろいと感じています。他では、まちづくりに積極的な市民の方を少数集めて、その方々がまちの魅力を語り、ブランドメッセージを発信していく形が多いんですが、名古屋は違います。いわゆる大須がおもしろいなど一般的な観光としての魅力ではなく、「自分の隣に住んでいるおじさんがおもしろい」「子どもたちが元気いっぱいに挨拶をする」など、まずは市民が自分たちの身の回りにある魅力を一つひとつ拾いあげ、市民による発散をファシリテートすることから始めようとしています。

――行政主導ではなく、市民一人ひとりの想いを出発点にしていると。

そうです。誰かが「名古屋ってこういうまちですよね」と押し付けるのではなく、市民一人ひとりがそれを見つけ、発散させていく。それは、まちのブランドを基礎からつくるためには欠かせない作業だと考えています。
名古屋市はまずブランドづくりではなく、市民を動かし、発散させる力をつくるところから始め、次に発散された多くの言葉を組み合わせたときに名古屋がどういうまちになるかを、考えようとしています。このファーストステージを持っていることが名古屋の戦略の強みであり、このような複層化の流れは、今後のまちづくりにおいて重要になってくるだろうと思っています。
人口減少時代に突入し、今後は行政の仕事がどんどん増えていく一方で、働く人材は減っていきます。それに伴い、いつまでも行政頼みでは企画もサービスの質もどんどん劣化していくわけです。これに対応するには、市民側が補完していくしかありません。さらに、名古屋市の戦略が進めば、まず市民が企画し、それを行政が補完するという本来の地域経営に発展していくきっかけにもなるのではないでしょうか。

名古屋が選ばれるまちになるためには、
名古屋が選ぶまちにならなければ。

――名古屋の進むべき方向性については、どうお考えでしょうか。

名古屋は、これまで例えば「なごやめし」など個別の魅力でしか語られないところがあり、名古屋の魅力とは何なのかが伝わっていませんでした。神戸と言えば都会的でファッショナブル、横浜と言えば外に開かれたまち、といったイメージで名古屋はとらえられていないのが現状です。しかし、名古屋はそのポテンシャルからすれば、個別の魅力だけで語られるまちではありません。名古屋がどういう可能性を持っているまちなのかを、この戦略を通じてしっかり示していく必要があるでしょう。
それは言い換えれば、名古屋は誰が幸せになれるまちなのかを示すものでもあります。ニューヨークで幸せになれる人と名古屋で幸せになれる人、東京で幸せになれる人はそれぞれ異なるのではないでしょうか。名古屋は、誰がどんなふうに幸せになれるまちなのかをしっかり示す。それによって、まちの誘引力を高めていくことができます。
名古屋が選ばれるまちになるためには、名古屋が選ぶまちにならないといけません。誰でもいいと言っていては、誰にとっても一番になれない。名古屋に対して強い憧れや愛着、プライドを持ち、まちのために動き出してもらえる人は誰なのかを見極め、こういう人こそ来てくださいと言うためには、名古屋がどういうまちかを語る必要があるのです。

――行政や企業、NPO、市民には、それぞれ何を期待されますか。

行政には広い意味でのデザインに期待しています。デザインとは単なる見た目ではなく、課題を解決するための仕掛けをどう作るのか、ということです。行政が動くのではなく、市民や企業が動き出したくなるような、NPOが自分たちの力を発揮できるようなデザインをすることが行政には求められています。
企業や市民など民間の方々が大切にすべきは、自分たちの生活です。企業はまちのために従業員のために良い仕事をする。NPOはそれぞれのミッションを実現する。そして、市民は充実した暮らしを送る。一見バラバラのようですが、行政が的確なデザインをすれば、市民や企業やNPOがそれぞれに一番大事だと思うことに取り組んでいるうちに、いつの間にか名古屋をスキなまちにしていくことにつながるはずです。

PROFILE

Kawai Takayoshi

東海大学文学部広報メディア学科教授。シティプロモーションの専門家。国や地方自治体などの行政やNPO等を中心に多様な広報施策・プロモーション企画についての支援を行っている。